コンクリートの「質感」と「未来」。3カ国が向き合う近代建築の保存科学

こんにちは、アーキ・コヤマ一級建築士事務所の小山です。

ル・コルビュジエの世界遺産をめぐる連載も、今回がいよいよ最終回です。

第2回、第3回では、日本、インド、アルゼンチンの3資産を繋ぐ設計DNAや、地域ごとの適応プロセスの違いについて解説しました。今回は、それらの設計図をもとに現地で打たれた「コンクリートの質感の違い」と、今まさに世界が直面している「劣化と保存」の現実について紐解きます。


1. 三者三様のコンクリート:技術と環境が生んだ「質感の超訳」

3つの建築はすべて鉄筋コンクリート(RC)造ですが、各国の施工技術や気候、職人の習熟度に合わせて、表面(仕上げ)は全く異なる表情を持っています。

  • 日本(西洋美術館):精緻な木目を転写した「工芸的打放し」
    日本の伝統的な大工職人が、高精度な松板の型枠を組み上げました。表面には美しい木目や節が精密に転写され、無機質な素材でありながら上品で温かみのある、平滑な質感を実現しています。
  • インド(チャンディーガル):人力と太陽光が生んだ「野生的なブルータリズム」
    高度な合板や大型ミキサーが不足していた当時のインドでは、現地調達の不揃いな木板を使い、手混ぜで施工されました。コルビュジエは表面の気泡や凹凸を「手仕事の証(ベトン・ブリュット=生のコンクリート)」として肯定し、太陽光による深い陰影を活かした彫刻的な塊感を与えています。
  • アルゼンチン(クルチェット邸):住宅スケールに馴染む「平滑さと白壁の調和」
    個人住宅であるこの建物では、荒々しさは意図的に抑えられています。コンクリートを滑らかに仕上げつつ、壁面の多くに白い左官仕上げ(スタッコ)を施すことで、硬質さを和らげた軽快な居住空間を作り出しています。

2. 「劣化」との戦い、そして世界遺産がもたらした保存科学への転換

このように多様な表情を持つコンクリート建築ですが、竣工から長い年月を経て、共通して深刻な「経年劣化」に直面することになります。

特にインドのチャンディーガルは、猛暑と豪雨が繰り返される過酷な環境にあります。当時の手混ぜによる密度の不均一さも災いし、鉄筋のサビによるコンクリートの「爆裂」やひび割れが各所で発生。一時期は存続すら危ぶまれる状態でした。

この状況に正面から取り組むきっかけとなったこと、それこそが「世界遺産への挑戦」でした。

当時の審査において、ユネスコ(イコモス)は「コンクリートという劣化リスクのある素材に対し、100年先まで本物の状態(真正性)を保つための科学的な保存・管理計画が不足している」と各国に突きつけました。

コンクリートは「古くなったら壊して建て重すもの」という認識がまだ根強かった時代です。しかし、この世界遺産登録のハードルに直面したことで、各国政府は初めて重い腰を上げ、本格的な「近代建築保存科学(Concrete Conservation)」へと舵を切ることになったのです。

現在、この指摘をクリアするために、アメリカの「ゲティ財団(Getty Foundation)」などの国際的な専門家組織による支援が投入されています。

ちょっとしたうんちくですが、このゲティ財団の創設者の孫が立ち上げた会社こそが、写真素材サイトの「ゲッティイメージズ(Getty Images)」です。画像の会社と、インドのコンクリート建築を救う財団が、実は同じ富豪のルーツから繋がっているというのは興味深い共通点です。

ゲティ財団などの資金と技術支援を得て、現在のチャンディーガルでは、以下のようなメンテナンスが実施されています。

  • 質感を損なわない精密補修:当時の成分を科学的に分析し、周辺の木目やラフな凹凸に馴染む特殊な補修材を部分注入する修復。
  • 電気防食技術の導入:内部に微弱な電流を流し続けることで、鉄筋のサビ(酸化現象)の進行を化学的に止める技術。

これは日本の西洋美術館も同様です。地震リスクに対して「免震レトロフィット工法」をいち早く導入したほか、2022年の改修では、後年の改変をリセットして竣工当時の前庭のプロポーションを復元しました。


おわりに

ル・コルビュジエが遺した建築群は、単なる造形の美しさにとどまらず、それぞれの国で「現地の技術でどう建てるか」「経年劣化からどう守るか」という本質的な挑戦の歴史そのものです。

設計図に込められた巨匠の思想と、それを地域ごとに咲かせ、世界遺産の基準で未来へと繋ごうとする人々の営みの調和にこそ、近代建築の本当の価値があります。

全4回にわたりお読みいただき、ありがとうございました。
当事務所でも、先人たちの意図や地域の文脈を大切にしながら、長く愛される建築の設計に取り組んでまいります。

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です