東京都庭園美術館「ルーシー・リー展」を訪れて|建築とデザインの歴史に宿る「美と平和」の記憶
こんにちは。アーキ・コヤマ一級建築士事務所の小山です。
本日は、インスピレーションを求めて訪れた、東京都庭園美術館の「ルーシー・リー展」についてお話しさせていただきます。

[写真1:旧朝香宮邸の外観]
(アール・デコ様式の美しいモダン建築、東京都庭園美術館の本館外観)
会場となった旧朝香宮邸(本館)のアール・デコ様式の洗練された空間の中で、ルーシー・リーの作品は凛とした空気を纏い、素晴らしいコラボレーションを見せていました。

[写真2:玄関のガラスのスクリーン]
(ルネ・ラリックによる、おなじみの美しい玄関ガラススクリーン。ここから始まる空間の物語にいつも魅了されます)
展示されているルーシー・リーの作品群は、マンガン釉の独特な風合いがあるものや、繊細な掻き落としの加工のあるもの。そして、薄い縁(リム)から細い高台(こうだい)へとつながる独特のフォルムは、専門的な視点から見ても造形美の極みであり、深く感動いたしました。

[写真3:青釉にブロンズ釉の器 《青釉鉢》1980年頃 井内コレクション(国立工芸館寄託)]
(今回のメイン展示。鮮やかな青釉に、引き締まったブロンズ釉の縁が美しいコントラストを描く器)
今回の展示を鑑賞する中で、私は彼女がロンドンへ移住した背景に改めて目を向けることとなりました。
1938年3月、ナチスドイツによるオーストリア併合。ユダヤ人であった彼女は、故郷を追われるようにしてイギリスへと渡りました。
この「8月」という季節に彼女の足跡をたどると、戦争が彼女から奪ったものの大きさと同時に、激動の歴史のなかでデザインや建築の世界にもたらされた「転換」について深く考えさせられます。
例えば、家具のデザインにおいて広く知られる「成形合板(プライウッド)の椅子」もその一つです。元々は戦時中、傷ついた兵士の足を固定するギプス(副木)として開発された技術でした。それが戦後、復員した兵士たちが新しい家庭を築く時代を迎えたことで、安価で大量生産が可能なモダン家具の材料へと昇華していった歴史があります。
ルーシー・リーの歩みも同様でした。戦時下のロンドンではうつわ作りが制限され、彼女は生活のために「陶製のボタン」を作り始めます。しかし、衣服を彩るその小さなボタンに宿る高いデザイン性と美しさに、後に強い衝撃を受けたのが日本のデザイナー・三宅一生氏でした。1989年、三宅氏のプロデュースによって日本で大々的な展覧会が開催され、これが現在の日本におけるルーシー・リー人気の決定的なきっかけとなったのです。
また、亡命先のロンドンで同じくユダヤ人難民の青年ハンス・コパーと出会ったことで、彼女の作風はさらに洗練されていきました。

[写真4:デザインがリー、制作がコパーのコーヒーセット、1955年、滋賀県立陶芸の森陶芸館]
(ルーシー・リーがデザインし、ハンス・コパーが轆轤(ろくろ)を回して制作した共同作業のティーセット。二人の絆が日常の道具に昇華されています)
当時、イギリスの陶芸界で主流だったバーナード・リーチからは、最初こそ酷評されたものの、彼女の貫いた繊細なフォルムは、やがてリーチ自身にも認められ、深い交流へとつながっていきます。
悲劇的な戦争の歴史の裏で、国境を越えた出会いや衣服・家具の技術が生まれ、新たな美のスタンダードが形作られていく。今回の展覧会は、うつわの美しさを堪能すると同時に、デザインが持つ「生きるための力」と、それを支える平和の意味を深く問いかけてくるものでした。
細部に宿る手仕事の美しさと、時代を生き抜いた確かな技術。
新体制となったアーキ・コヤマ一級建築士事務所でも、こうした歴史や技術への敬意を大切に、人々の日常に静かに寄り添う、安全で美しい空間づくりを実務から支えてまいります。
